【三浦コラム】子供の言語教育とアイデンティティについて

 シンガポールは、この8月9日をもって建国45回目をむかえました。
 独立記念式典であるナショナルデーパレードをTVなどで見られて、気がつかれた方もいるでしょう。この国の国歌はマレー語で歌われています。多民族国家のシンガポールは国語がマレー語、そして、マレー語・中国語(華語=マンダリン)・タミル語・英語が公用語です。
 
 公用語の中でも、この国の発展の要素の一つに政府の英語を行政・教育・共通言語としての徹底という側面があることは広く知られているところです(国民も将来の収入という点の実利的側面からの英語教育を希望したということもありますが)。
 これがクリアーかつクリーンな政府の方針と相まって外資の誘致を大きく後押しした事実は否定できないでしょう。

miuraaug10 さて、そのような国に住む私達日本人にとって、子供の言語教育についていかがお考えでしょうか?近年日本人の間で、子供を幼いうちから英語教育にといった論調があります。今回は自らの経験を踏まえ、意見を述べてみたいと思います。

 私の妻は福建からの移民の3代目にあたる中華系シンガポール人です。夫婦の間には、2人の子供がいます。(日系企業に勤めた経験があり、日本語もある程度できる)妻との合意の上、子供を日本人として育てようと決め、まず日本人学校に入れました。これは子供達に根っこの部分で「日本人」というアイデンティティを持たせる為です(ちなみに各小6から、中2からインターへ行った為、現在英語は問題ありません。また書くのはできませんが、妻の家族との付き合いの中で福建語はある程度話せるようです。マンダリンは、上の子は苦手ですが、下の子は大学のコースに行き、ある程度できます)。
 
 危惧したのは、日本人でもない、シンガポール人でもない、存在として育っていくことでした。中2からインターに行った子は自分が日本人と強く考える半面、小6からインターに移った子の方は(後で聞いたのですが)、思春期には自分が何人かということに真剣に悩んだ時期があったそうです。「それを乗り越えられたのは、親のおかげだ。感謝している。」と言ってくれたことで、自分達の方針が間違っていなかったのだと、よかったと思えました。

 私達夫婦の場合はまだ国際結婚ですので、他の選択もあったのだと考えられます(シンガポール人として育てることも)。
 もし両親が日本人の場合どうでしょうか?日本語を覚え始めの幼い頃から、英語教育をシンガポールでという風潮にはちょっと違和感を覚えます。
 駐在の場合には、いつかは来る日本帰任。日本でインターに子供を入れるのは経済的要素だけでもかなり大変です。当地に根をおろして、お仕事をされている方の場合には、その点の心配はない為、幼いころからインターに行かせる方もいらっしゃいます。ただ、時に残念ながら親子の断絶、具体的には親と子が外国人同士になってしまい、感覚・常識が違ってしまうことがあります。

 以上は個人的な考えですが、同じように考える日本人(特にシンガポールに長期住まわれている方)も多いことも事実です。
 ご判断されるのは、あくまでも各ご家庭です。人それぞれの考え方や生き方があっても良いと考えております。しかしながら、親の安易な選択が子供に大きな影響を与えることを、頭の片隅にとどめておいていただければと思います。

 ちなみに、この英語教育が徹底したシンガポールの政府高官達が、各民族語の必要性はアジア人としてのアイディンティと文化価値がシンガポール人として重要だからと、繰り返し国民に伝えているという事実も見逃してはなりません。